旧約聖書あと一歩 第一回
「宇宙も人間も神が造られた」
大阪キリスト教短期大学教授 日本フリーメソジスト教団教職
石黒則年 氏
「初めに、神が天と地を創造した。…・そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに…地のすべてのもの…を支配させよう。』と仰せられた。神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」 (新改訳 創世記第一章一節、二六〜二七節)
聖書の冒頭には神さまが宇宙全体を造られたと言われています。ことに第六の日には動物の後で、最後に人間を「神の形」に似せて創造されました。これは「創造の冠」である人間に特別な価値があることを意味しています。
古来、人々はこの「神の形」について考えてきました。例えば、ミケランジェロは、「天地創造」と題する絵の中で、アダムは若々しい青年、神さまは白いひげをはやした壮年男性として描いています。バランスのとれた身体が「神の形」だと考えたのでした。
しかし、世界には身体に障害を持ちながらも立派に活躍しておられる方々が多数おられます。福音歌手レーナ・マリヤさんをご存知でしょうか。彼女は一九六八年にスウェーデンで生まれましたが、両手がありません。左足も半分しか成長しないという重い障害をもって誕生しました。それでもご両親はレーナさんを神さまから委ねられた子として大切に育てられました。五歳になると教会の聖歌隊で歌い始め、高校・大学で音楽を専攻して卒業し、今では世界中のステージで歌っておられます。身体に障害はあっても「神の形」を損なってはいません。
一方、養老猛司さんは『死の壁』という本の中で、以前、日本では、障害のある子どもが生まれてきたら、産婆さんはその子が生き続けないように処置をしていたという時代があったと述べておられます。悲しい事実です。
では「神の形」とは、どういうものでしょうか。1「人格があること」、2「男と女に対話ができること」、3「理性、道徳、責任感のあること」、4「神さまから世界の管理を委ねられていること」、5「宗教性があること、祈ること」などと言われます。いずれにしても人間には他の被造物とは比較にならない潜在能力と尊厳さが与えられているのです。今日の聖句から、生命の尊厳さを学び取り、自分自身と隣人を大切に生きていきたいと思います。
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